小田村伊之助(楫取素彦)と久米次郎:杉文(美和)の再婚相手

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吉田松陰の妹、杉文と小田村伊之助(後の楫取素彦)の再婚は少々人間関係が複雑です。ただ、その複雑さは関連する人間たちの感情をも複雑にしたわけではなく、資料や様々な書籍を読む限りむしろ皆の後押しがあって祝福された再婚でした。

※杉文という女性は途中、「美和」や「美和子」と名を変えていますが、ここでは便宜上、「文」で統一します。

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大河ドラマ・花燃ゆでも注目!杉文と小田村伊之助(楫取素彦)の再婚

楫取素彦photo by wikipedia-楫取素彦

文と寿と小田村伊之助(楫取素彦)と吉田松陰

関連するのは吉田松陰の家族がいる杉家と小田村伊之助(楫取素彦)の面々です。杉家は7人兄妹、上から梅太郎、松陰、千代、寿、文、敏三郎がおり、文の一つ上に姉がいましたが早世。小田村伊之助(楫取素彦)は寿と結婚し、2人の子供に恵まれました。

一方の文は松陰の門下生であった久坂玄瑞と結婚。夫婦に子供は生まれなかったため、小田村伊之助(楫取素彦)と寿夫婦の次男、久米次郎を養子に迎えました。しかし、1864年に久坂玄瑞が自刃した後、京都で芸姑との間に子供が生まれていたことが発覚。その子供が久坂家の家督を正式に継ぐことになり、養子に迎え入れた久米次郎は実の両親のもとに復籍しました。

寿の病気と独り身の文

明治維新後、楫取素彦は現在の神奈川県や群馬県で県令(今で言う県知事)などの仕事をしていました。当初は単身赴任でしたが、後に寿を呼び寄せ2人で暮らしています。

しかし寿は手足が不自由になる障害を抱えるようになり、中風症を発症。中風症とは脳出血をきっかけに半身不随になったり、手足に痺れや麻痺を引き起こす病気です。その看病のため、文は度々寿のもとを訪れ看病を行っています。

寿夫婦と文が同居

姉の寿は自分の死期が近いことを悟ってか、夫の楫取素彦に妹の文と同居したい旨を書簡で伝えています。その書簡によると、「阿三和殿は小生引請、前橋にて阿寿看護人、或は小生宅女幹事と被成候は、双方共仕合せならん(原文ママ)」とあります。

これはつまり、私の看病はもとより、夫であるあなたや家庭の世話を妹にお願いすることで互いに幸せになれるということ。互いというのはおそらく、夫と妹を指していると考えられます。この時点で自分が亡き後、妹と夫の再婚を望んでいたかどうかはわかりませんし、この一文だけでそう解釈することは難しいですが、いずれにせよ妹と一緒に暮らしたいという強い意向が会ったのは事実のようです。

寿の病死から再婚へ

杉文(楫取美和子)photo by wikipedia-楫取美和子

妹の看病の甲斐なく、姉の寿はまもなく病死。愛する妻を亡くした夫、楫取素彦は悲しみに暮れます。寿が無くなる直前まで身につけていた襟垢が付いた着物を洗濯することすら嫌がり、涙が止まらないと寿の兄である梅太郎(民治とも言う)に手紙で伝えたほどです。

寿と文の母親である滝はまだこのとき存命でした。娘の死を悲しんだことでしょうが、母は未亡人だった文と楫取素彦の再婚を強く希望します。若くして未亡人となり、これからも1人で生きていく運命を心配してのことでした。しかし文はこれを当初承諾しませんでした。もともと「妻は夫を亡くしても再婚すべきでない」という考えがあり、それを忠実に守ってきたからです。

再婚を決意した文と楫取素彦の2人

母親の強い希望があったのに加え、亡き夫である久坂玄瑞への思いを断ち切れないでいた文。最終的に再婚を決めるまでに2年の歳月がかかっていますが、亡き夫の久坂玄瑞が残した手紙を捨てきれず、楫取素彦がそれらを大切に保管しておくように受け入れたからとも言われています。実際、久坂玄瑞の手紙は文の手によって涙袖帖としてまとめ、現在でもその一部が残っています。

まぁ、楫取素彦は楫取素彦で亡き妻の寿のことを断ち切れないでいましたから、そんな似た境遇の2人が互いを受け入れて支えあっていったということになります。しかもその結婚を周囲の肉親達が望んだのです。

再び久米次郎の母親となった文だが

久坂玄瑞と夫婦だった頃、姉の寿と小田村伊之助(楫取素彦)夫婦の次男、久米次郎を養子に迎え入れています。久坂玄瑞の遺児が発覚し正式な跡継ぎとなったことで、結局その久米次郎は復籍しました。文は楫取素彦と再婚したことで、長い年月を経て再び久米次郎の母親となったのです。

血のつながりはありませんが、養子として迎え入れて5歳のころから面倒を見ていた子ですから、再び義理の母親になれたことは嬉しかっただろうと思います。久米次郎は後に道明と名を変え、2人の再婚を望んだと聞いています。

ただ、再婚から14年後、道明は台湾で殺害されています。当時日本の統治下にあった台湾で教師の仕事をしていましたが、日本統治をよく思わない一派らの反逆騒動に巻き込まれ、38歳で亡くなりました。

兄を安政の大獄で処刑され、夫は禁門の変で自刃、息子は台湾で反逆者に殺害される。時代が時代とはいえ、一人の女性としては悲しき運命としか言いようがありません…。

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