長州藩士・小田村伊之助と吉田寅次郎(松陰)の松下村塾

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 杉家の寅次郎(松陰)、寿、文、そして松下村塾と小田村伊之助の関係はやや複雑で、わかりにくいものがあります。ただ、この当事者間の関係は複雑であっても、卑屈なものではありませんでした。ここに登場する人物たちは固い結束と生涯を共にする、かけがえのない関係で結ばれたのです。

大河ドラマ「花燃ゆ」では吉田寅次郎(松陰)の妹、杉文が主人公で、小田村伊之助は準主役という位置づけです。ドラマは1年間という長期にわたって描かれますが、最初から最後までこの二人は活躍をし続けることになります。ドラマの内容も考慮しつつ、4人の複雑な人間関係を史実をもとにわかりやすく紐解いてみましょう。

 

 

小田村伊之助と松下村塾・吉田寅次郎の関係

花燃ゆ 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

藩校・明倫館で教授を務めていた小田村伊之助は松下村塾の塾生ではありません。松下村塾を主宰する吉田寅次郎(松陰)を陰でサポートはしていましたが、寅次郎のもとで学んだことは一度もなく、塾生として入門もしていません。

寅次郎(松陰)が処刑される前、松下村塾の後継者として寅次郎本人が小田村伊之助を指名しました。しかし小田村伊之助は藩主側近という長州藩の重役に就いていて、多忙を極めます。その為、後継としてのサポートや講義の担当は短い期間だけ行ったに過ぎず、少しの期間だけ松下村塾を受け継いだ後、藩の仕事に舞い戻ることになります。

 

寿と文と松陰と伊之助の4者関係

吉田寅次郎(松陰)と寿(優香)、文(井上真央)は杉家で生まれ育った肉親の兄妹です。上から寅次郎(伊勢谷友介)、寿、文の順番で、それぞれ杉家の次男、次女、四女です。小田村伊之助(大沢たかお)は長州藩士で、藩校明倫館で教師を務める儒学者。この4人は複雑な関係でありながらも、身内として生涯を共にしていく関係にありました。

 

杉寿と小田村伊之助が結婚

まず杉家の次女、寿(優香)と小田村伊之助(大沢たかお)が結婚。2人の結婚の知らせを江戸で聞いた寅次郎(松陰)は「似合いの夫婦だ」と祝福しました。夫婦には2人の男児が生まれ、寿は母親として子育てに奔走します。

1864年の禁門の変で長州藩が敗れてから、小田村伊之助は反対勢力にあたるとして獄に入れられてしまいますが、寿は獄中の夫を見舞い、時に夜遅くに忍び込んで食べものを届けました。難しい局面を迎えても、夫婦は固い絆で結ばれていたんですね。

松陰と伊之助は同志であり義理の兄弟

寿と小田村伊之助が結婚したことで、寅次郎(松陰)と小田村伊之助は義理の兄弟になります。もともと互いを認め合う良き友人であった二人は、義兄となったことで急速にその仲を深めます。脱藩や密航騒ぎで処分されそうになる寅次郎をなんとか伊之助が救済しようともします。

互いを刺激しあい、ときに慰めあい、お互いを認め合う仲でした。寅次郎(松陰)が行動と言動に過激さを増していっても「自分の凶暴な一面を抑えられる唯一の存在」として小田村伊之助を挙げたほどです。

寿と伊之助夫婦の子供を文のもとに養子に出す

そのころ、妹の文(井上真央)は松下村塾の塾生だった久坂玄瑞(東出昌大)と結婚。二人に子供はいませんでしたが、久坂家を断絶するわけにもいかず、姉夫婦にあたる寿と小田村伊之助夫婦の次男、久米次郎を養子に迎えます。

久坂玄瑞は非常に久米次郎を可愛がり、父親としてその喜びを噛みしめるなか戦局に敗れ自刃。しかも久坂の死後、京都でお辰とも辰路ともいわれる女性との間に実子が生まれていたことが発覚。久米次郎は結局、小田村家に舞い戻ることになりました。

 

寿が病没後、妹の文と楫取素彦(小田村伊之助)が再婚

兄吉田寅次郎(松陰)は処刑され、時代は明治に入ります。小田村伊之助は名前を楫取素彦に改め、関東地方で県令という職に就きます。今でいう、県知事です。寿は病に侵され、42歳で病没。

晩年寿の看病と世話をしていた文は、紆余曲折を経て楫取素彦(小田村伊之助)と再婚します。亡き姉の夫と結婚することになったのです。このとき、杉文は美和子と名乗っており、再婚したことでその名を「楫取美和子」と改めました。

 

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