【朝ドラマッサン】竹鶴政孝とリタの出会いと結婚の馴れ初め

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NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」の主人公、亀山夫婦は実在の竹鶴夫婦がモデルになっています。当時珍しかった国際結婚を果たし夫婦になった2人の出会いのきっかけと結婚のなれそめをご紹介します。ドラマでは既に結婚した状態で話がスタートするので、出会いなどの馴れ初めは回想シーンで描かれると思います。

 

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竹鶴政孝とリタの出会い

竹鶴政孝は本場のウィスキー製造技術を学ぶためにスコットランドに留学。そこでは数々の生産現場を訪れてはただ働きで技術を習得し、のちの日本初の国産ウィスキー開発に大きな役割を果たすことになります。スコットランド時代はグラスゴー大学で化学の授業を専攻し学んだ記録が残っています。

そのグラスゴー大学でエラという女性と出会い、後にエラの実家に下宿することになります。後に妻となるリタはエラの姉でありました。下宿生活を続けていくうちに関係が深まり、クリスマスにプロポーズ。そののちにスコットランドで2人だけの生活を始め、その後日本へとやってきます。

 

現地でも日本でも歓迎されなかった国際結婚

当初は二人の結婚に周囲が困惑したいう様子が描かれた記録があります。リタの母親は結婚を聞き、「娘の考えを改めさせなければ」と発言し、下宿生活のきっかけになったエラは「私の友人が姉の夫になるなんて!」と驚いたと言います。当時のことをマッサンこと政孝は自伝にて「とにかく大反対であった」と振り返っています。

結婚とお家断絶騒動

結果的に妹のエラ、ルーシーは彼ら夫婦の味方となり母親の説得に尽力しました。広島の実家ではお家断絶を思わせるような騒動となり、なんとか結婚をやめさせようと必至だったそうです。結婚の相談もスコットランドから日本へ手紙をよせてはいるものの、スコットランドへ送り出した酒造の社長が責任を感じ広島の実家へ訪れ、夜な夜な会議が続いたとの記録が残っています。責任を重く感じた酒造の社長は、結婚の報告を聞いて慌ててスコットランドに赴くものの、2人の固い意志を変えさせることは出来なかった模様です。

ちなみに、それまで大反対していた実家の母親は「社長の目で見て「これは」と思う女性であれば結婚させて欲しい喜んで迎え入れる」との発言があったとか。最後には母親は結婚に理解を示し、父親やその他家族を説得するまでになったことから。政孝は後にあの封建的な時代に「進歩的な考え方のできる女性」と母親を評しています。

社長は実際にリタの家に宿泊、滞在しお眼鏡にかないました。結局現地の結婚式にまで出席して日本に帰国しています。

 

下宿先の家とその父親

竹鶴政孝が下衆していたリタ一家の住む家は豪邸で、父親は外科を専門とする医者であったといいます。その父親に関する記録は各所でかなり違ったものとなっており、竹鶴政孝本人の自伝によると「1920年に他界し、結婚を報告できずじまいでふたりとも大きく落胆した」という旨の記述が残っています。

 

スコットランドの風景

photo by http://allabout.co.jp/gm/gc/413321/

しかし、別の書籍では父親は既に他界しており、子供たちがまだ学生の身分で未亡人となり、経済的にもかなり困窮していた母親にとって竹鶴政孝の下宿代金は貴重な収入源であったとあります。そうでなければ、物珍しい外国の日本人を下宿させる必然性がないのです。また、妹のエラのような大学で医学を学ぶほどの専門性や手に職をもってもおらず、さらに体が弱く自身の将来を案じていたリタは政孝と結婚することによって自身の人生に意味を見出したとの記述があります。

父親が他界したのは正式な記録上、竹鶴政孝が日本を出発する以前のことでありながら、竹鶴政孝の自伝では父親が度々登場するなどの相違があり、この点については現在でもはっきりしていません。

 

広島の竹原にある実家の家族とリタ

朝ドラの中ではリタ(エリー)の義母にあたる泉ピン子役の母親との確執をはじめ、スコットランド留学を後押しした酒造の娘(相武紗季)との関係がフォーカスされています。実際の自伝や記録をたどると、リタと政孝の結婚には反対していたものの。そうなんども直接対峙する機会は多くなかったようです。

また、ドラマの中で登場する「日本にいる結婚を約束していた娘」の存在も記録や自伝には出てこないことから、この辺りはドラマのオリジナル性が出ている点でしょう。

夫婦の笑えるエピソード

政孝の自伝によると夫婦のエピソードが幾つも出てきます。例えば、スコットランドからアメリカを経由して日本に帰国する際、レストランに入った2人。イギリス訛りの英語を話す妻の言葉が現地のアメリカ人女性に通じず、なんと政孝が通訳すると通じたという笑い話。他にも、日本に帰国し、見ず知らずの国で何もかもが珍しかったリタ。日本を移動中、刈り取られる前の稲を見て「あれは何?」と不思議そうに尋ね、答えを聞くと「コメのなる木があるのね」と珍しそうに語ったそう(笑)

それ以外のこと

2人は日本に帰国後、日本とイギリスの戦争状態や度重なる苦難を乗り越えていくことになります。他にも竹鶴政孝とリタ夫婦の子供のことや竹鶴政孝の人生、リタの人生などの記事もありますのであわせてお読み下さい。

また、本格的な自伝をお読みになりたい方は以下の書籍がお勧めです。

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