大河ドラマ花燃ゆ・第1話「嵐を呼ぶ妹」のあらすじとネタバレ

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 2015年大河ドラマ、「花燃ゆ」。主演は井上真央、主人公は吉田松陰の妹である文です。登場人物は幕末の志士がずらりと並び、明治維新後の近代日本の成立と繁栄に力を注いだ重鎮だちが勢ぞろいします。

出演者のキャストの名前をざーっとみると、役柄のイメージよりも「かなり若くて現代的な面々だなぁ」という印象です。重みというよりは、現代に生きる若者と変わらない青年たちの奔走という観点で見るのもありかもしれませんね。

さて、原作と脚本をもとに、大河ドラマ「花燃ゆ」のあらすじを紹介していきます。当サイトのあらすじとネタバレは、こちらで示している理念に基づいて紹介していきます。基本となるあらすじはドラマをより楽しみ、話に置いていかれないようにするためのヒントを紹介するというイメージなので、話の全てをしっかり読みたいという人は原作本を購入してみてください。

 

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大河ドラマ・花燃ゆ/第一話「嵐を呼ぶ妹」のあらすじとネタバレ

松下村塾での日常。久坂玄瑞、高杉晋作、品川弥次郎、伊藤博文、吉田利麿。塾内の至る所で議論に花が咲くなか、台所でせっせと握り飯を作る文。後の日本で重要な役割を担っていく人材が集結し、誰にでもあった青春時代を松下村塾で過ごす日々から物語はスタートします。

2015年大河ドラマ、「花燃ゆ」では幕末の長州藩の志士であり優れた教育者であった吉田松陰の妹であり、同じく長州藩士・久坂玄瑞の嫁であった杉文(すぎ・ふみ)という女性が主人公。彼女そのものは歴史に名を残した有名人ではありませんが、彼女の周囲にいる多彩な才能を持った人間たちのドラマを描きます。

そんな「花燃ゆ」の第一話は主人公の文の幼少期、若き日の吉田松陰(寅次郎)、小田村伊之助がその中心となります。

 

各々の立場で自問する…人はなぜ学ぶのか?

人はなぜ学ぶのか?これが花燃ゆの第一話の中で最重要トピックになります。第1話というスタートの話なので、各登場人物の小さなエピソードが連なりあう形になっていますが、基本的にはこの「人はなぜ学ぶのか?」という大きなトピックへと繋がっていきます。

その大きなトピックへとつながっていく過程の中で、ポイントとなるのは以下の3点です。

  • 九州遊学を控えた吉田松陰とその妹
  • 河原で拾った禁書
  • 苦悩する小田村伊之助と学ぶべき訳を見つけた寅次郎(松陰)

 

九州遊学前に苦悩する松陰とその妹

嘉永3年。1850年。海辺で大砲の演習を指揮する寅次郎と遠巻きに見つめる大衆の中に、妹の文がいた。威勢よく続く演習の中心にいたのは、文の兄であり後の吉田松陰となる寅次郎。寅次郎は長州藩随一の秀才で、このとき若干21歳。

兵学師範のもとで研鑽をつみ、若き頃より長州藩の未来を担う天才児として評判であった寅次郎の晴れ姿を遠巻きに見つめる家族だったが、文の目には寅次郎が苦悶の表情で述べた一言を見逃さなかった。

「こんなんじゃ…こんなんじゃいけん」

「兄がこんなんじゃぁ、いけんと言うておる」と軽はずみに述べた一言が、ちょっとした騒ぎを巻き起こす。寅次郎に生きる道のすべてを叩き込んできた鬼の叔父が烈火のごとく、文をしかりつける。そんな文に、兄は優しく声をかけるのでした。

 

河原で拾った禁書・「海防臆測」

生まれながらに言葉を話せない障害を持っていた末っ子の敏三郎とともに河原にいた文は、寂しげな表情と苛立ちを隠せない、一人の青年を目にする。目には溢れんばかりの涙、冷静になろうとするが思うように心が静まらない苛立ちを隠せない一人の青年。

そんな自分の姿を見られ、自らの名を名乗り恥ずかしげに話しかけた青年だったが、人一倍人見知りだった文は一言も発することことなく逃げ帰ってしまう。青年がその場所を後にしたとき、弟の敏三郎がその男が忘れていったであろう見慣れない本を手に取った。

明倫館教授・小田村伊之助

その青年の名前は小田村伊之助、後の楫取素彦である。この男こそ、晩年の文と再婚する相手である。このときの小田村伊之助は江戸遊学から帰ってきたものの、学問の志を捨てきれず再び江戸へ戻りたいと考えていた。しかし、周囲の反対が強く自分の生きる道と周囲の人間が自分に期待する道とのかい離に悩んでいた。

隠された表紙

敏三郎が手に取ったのは、幕府が日本国内の流通を禁じていた、いわゆる禁書である「海防臆測」という本。これを所持しているだけで牢屋に入れられるほど、当時の日本人には過激な内容の本であった。

自分たちの手元にある本の正体を知った文と敏三郎は、その男が明倫館という学校で教師をしていると述べていたことを思い出し、行動に移す。しかし、その明倫館には鬼の叔父、玉木文之進がいた。あえなく、ふたりは明倫館の人間に捕まり本を没収されることになる。

 

人はなぜ学ぶのか?

九州遊学を終えて帰ってきた寅次郎。そのとき叔父にこっぴどく叱られ家の外に追い出され、雨の中一人涙を流す文のもとに、その寅次郎がやってくる。人はなぜ本を読み、人はなぜ学ぶのか、そもそも本とは一体何か?独り言のように自身の過去の苦悩を文に話す寅次郎。そして、文にこんなことを聞く。

「文。人が怖いか?」

涙ながらにことのいきさつを話す文に、寅次郎はあるものを文に見せた。海防臆測。九州遊学で手に入れたものだという。「こんな面白い本を持っている男がいるなんて、長州にも骨のある男がおったもんじゃ」と禁書を手に呑気に笑っているのだった。

吉田松陰と小田村伊之助の出会い

「明日からは、九州遊学を終えた吉田寅次郎が教えることになる。が、その前に一つ、皆に聞きたいことがある。ご城下にこげな邪な本を読む人間がおる」と明倫館での講義が終わりに差し掛かった玉木文之進が話し始めた。

「この本を持っていたものがいたら名乗り出てほしい」と言うと、寅次郎が周囲の緊張の中で立ち上がる。孫子の兵法や恩師であった山鹿素行先生の言葉を引用しつつ、最終的にこんな質問を文之進に投げかけた。

「明倫館ではなぜ敵となるかもしれん異国のことを学ばせようとしないのです」 そして文之進の手に合った海防臆測を破り捨て、自ら持つもう一冊を取り出した。

「むだです。どこにでもあります。なぜ人間は禁止された本を読みたがるのか?知りたいからです。学びたいからです。」

「皆に問いたい。人はなぜ学ぶのか?」

こんな一人演説を始めた寅次郎を、文に連れられてやってきた小田村伊之助は彼を見つめていた。寅次郎曰く、人が学ぶのは職を得るためでも、知識を得るためでも出世するためでもない。教えるためでも、尊敬のためでもない。己を磨くために、学ぶのだと。

それを聞いた伊之助、自分が所持していた本であったと自ら名乗り出る。ざわつく場をしり目に、彼は自分の考えを自分の口で述べ始めた。人が学ぶのは、この世の中で己がなすべきことがなんなのか、それを学ぶのです。私は日本国はもとより、長州をお守りするために学びたい。

 

長州藩種、毛利敬親

騒ぎを巻き起こし、禁書を所有し、そして禁書を持つ有用性を訴えた。一般的には、どう考えたって二人には処分が下るはずだった。しかし、突如現れた藩主の毛利敬親は「このたびの一見は不問とす」と述べ、再び江戸で学びたいという意思を表明した二人に、「そうせい」と述べられた。

一章の友となる小田村伊之助と吉田松陰は二人そろって江戸へ出立。「文、お前は人と人を出会わせる、不思議な力があるのかもしれんのう。」そんな寅次郎の言葉を思い出す文。ペリー来航の2年前の出来事であった。

>> 第2話「波乱の恋文」へ続く

 

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