役所広司さん、岡田准一さんが出演し映画化された蜩ノ記。原作を読みましたが、非常に美しい作品です。正直、エンタメ要素は皆無と言ってよく、若い世代からお年寄りまで、といった万人受けする作品ではありません。
歴史物、時代劇が好きな方や、40代50代~年配世代の方には人気を集めそうですが、10代20代の人の多くは退屈するかもしれません。本格的な映画ファンには非常に評価が高い作品ににありそうです。一部ネタバレもありますので、感想のみ知りたい方は末こちらの「蜩ノ記の感想・書評記事」の方を御覧ください。
蜩ノ記のあらすじと設定
10年後に切腹を申し付けられた戸田秋谷とその監視役に任命された庄三郎を中心とした時代劇。戸田秋谷と庄三郎は羽根藩士。秋谷は側室と密通し、それに気づいた小姓を斬り捨てた罪で向井村に幽閉された。それまでに取り組んでいた藩の系譜を完成させる役目を担い、それが完了する10年後に切腹という異例の猶予期間が設けられた。
一方の庄三郎は城内でかつての友人との間に些細なことから争いが起き、刀を抜いて相手に怪我をさせてしまったことで処分を受けた。本来は切腹者の不祥事であったが、3年後に迫った戸田秋谷が命を惜しんで逃れようとするのではないか、藩の系譜を作成するに辺り機密事項を全て把握している秋谷が藩を逃れてはならぬ、そして自身が起こした過去の事件についてどのような記述をしているのかを把握したいという事情から庄三郎に秋谷の監視役を命じた。
「秋谷が切腹を逃れようとした場合はその家族もろとも斬り捨てよ」という非常なる御役目であった。
あらすじの中核となるメイントピック
このような背景から庄三郎は秋谷とその家族とともに暮らし、系譜作成に取り組みながら監視を続けることになった。しかし数々の事件、過去の歴史を紐解いていくうちに徐々に秋谷の人柄に触れ、彼のまっすぐで人望のある秋谷に男として惚れ込んでいく。そして当初の任務を大きく外れ、秋谷をなんとか救うべく奔走していく。
「戸田秋谷が過去に起こした不祥事の真実」、「向井村の百姓の不満」、「お美代の方の出自」の3つは特に重要なトピックです。他にも様々なトピックがありますが、その一つ一つを紐解いていくと全ては一つに繋がっていきます。
特に出自に関してはお美代の方以外にも度々取り上げられますが、誰と誰が結びつき、誰がどの出自だったかを頭のなかで整理しながらでないと、徐々に話に置いて行かれる可能性があります。
また、秋谷からみた敵・味方を話しの展開ごとに整理しながらみるとより分かりやすいかと思います。
蜩ノ記の結末は…
10年後の切腹という今までに見なかった設定で話が進む映画です。最後の結末をネタバレすると、戸田秋谷は切腹します。秋谷の周囲にいる人間はなんとか切腹の処分の取り消しを行うよう画策するのですが最後は予定通り切腹し、この話は集結します。
「日本人の心」という表現はこの作品を陳腐なものに見せる
あくまで個人的な印象ですが、「日本人の美しい心」、「日本人の○○」といった民族的な括りだけでこの作品を表現するのはどうもしっくりきません。日本人がその歴史とともに独自の価値観を形成させていったことは事実ですが、まっすぐな秋谷だけでなく人間の恨みや妬みもまたこの作品の描写の一つだからです。
その対比する美しさと汚さがより鮮明ににじみ出ることで、美しさが際立っています。しかし、それと同時に当時の価値観、死生観、風習の中で邪悪な感情が日本人の中に棲み着いてしまったのもまた事実だからです。
最近はやたらと日本は素晴らしいという自画自賛の風潮がありますが、この作品からはそれ以上の示唆が富んでいるようにも思います。
参考記事:葉室麟原作・蜩ノ記の感想と書評