世の中お金が全てvsお金が全てじゃない」考え方と一つの答え

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結局、世の中金がすべてというのはよく聞きます。

実際、今の世の中何をするにもお金がかかりますよね。本当に、お金がないと、何もできません。お金がないということは、選択肢がないということ。お金さえあれば、大抵のことは出来るようになります。お金さえあれば、何でも手に入るようになる。そう考えたくなりますよね。

しかし、どこかで「お金が全てじゃない」と思いたい、信じたい側面もある。お金がすべてだなんて、どこかで信じたくない。そこでお金持ちの話を聞いてみると、お金で買えないことはたくさんあるとことをよく聞きます。

お金を持ったことで逆に不幸になった人の話、転落してしまった話だって山のようにありますよね。そう考えると、お金が全てとも言い切れないのかなぁとも思う。いずれにしても、私のような一般庶民には理解しにくい世界がお金持ちの見える世界に広がっているのは事実のようです。

この「世の中お金が全てvsお金が全てじゃない」の永遠の論争について、長年考えていたところ、これは!と思う参考になった書籍があったので、紹介したいと思います。

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世の中お金が全てなのか、世の中金だけじゃないのか…それは両方正しい

先に申しておくと、この論争に明確な答えはありません。答えは人によって違うでしょう。ここでは、「なるほど、こういう考え方もあるんだな」という前向きな気持ちにさせてくれた一つのモデルケースであることに注意してください。

「世の中お金が大切といいながら、お金だけが全てじゃない」と両親に言い聞かせられて育った著者が自分なりの考えをまとめたのが、人生の値段 ~ゼロからはじめて必要なお金をつくる本~です。この本を書いたのは日本ファイナンシャルアカデミーというお金の学校を設立した泉正人さんという方。

人生の値段 ~ゼロからはじめて必要なお金をつくる本~

この本を読んでいくと、「お金は大切なもの」という言葉の意味していることと、お金はそもそも何なのか、お金で出来ることをまとめています。さらに、「お金が全てじゃない」の意味していることを中立の立場から考察し、最終的に導き出された答えがこれ。

つまり、お金がないと、ある程度豊かな生活はできないというボーダーラインがある。ただし、そのボーダーラインを越えて生活に困らない程度のお金があれば、お金だけに影響されない豊かさがそこにはある。

人生の値段 ~ゼロからはじめて必要なお金をつくる本~(大和書房)P22より引用

ある程度豊かな生活が出来るボーダーラインというのは、人によって違うと思います。ある人は年収500万円かもしれないし、ある人は1,000万円、またある人は3,000万円あっても足りないかもしれません。

いずれにしても、その人にとってある程度生活に困らないボーダーラインを超えるとお金に対する依存度が低下し、お金以外の所に意識が向いていく。

だからお金が全てという意見もあるし、全てじゃないという意見も出てくるんでしょう。(中には、お金に執着し続けて、十分なお金があるのに、それが減っていくのが嫌で無理に増やそうとして大失敗する人もいますが…)さすがにお金のプロのいう事は着眼点が鋭い。

最低限豊かな生活が出来るボーダーラインをどう捉える?

お金のことを全く心配しなくていい人なんて非常に稀です。蓄えも十分、買い物は値札を気にせず、豪勢な食事をしても問題ないレベルとするなら、実際は年収2,500万~3,000万円程度ないと厳しいでしょう。そんなの、一般庶民には遠すぎますね。これは「最低限の豊かな生活」としてのボーダーラインとは言えない。

人間らしい最低限の生活なら、250万~300万程度が一つ目の目安、家族持ちの大黒柱なら500万程度~、子供数人で大卒までなら750万円~がなんとなくのイメージかな、と思います。これぐらいなら、細々と貯蓄をしつつ、生活を維持してお小遣いも確保出来そうなレベルです、(これは私が今適当に考えた目安)

お金があったらあったで、お金で買えないものがほしくなるのが人間の欲深さ

人間は欲深いもので、生活に困らない程度のお金があってもそれに慣れてしまうと、お金で買えないものを欲しがるようになります。

私が以前読んだスタンフォードの自分を変える教室という本で掲載されたいた内容ですが、学生時代から勉強漬けを続けてきて、今では経済的な豊かさ、社会的地位を手にしたアメリカのエリート医師に「彼らが今一番欲しいもの」をアンケートしたところ、その答えは何だったと思いますか?

「青春」

こ…これは考えさせられるな…。確かに、年齢を重ねた人間に10代の頃の青春は、お金で買えない…。

ある程度豊かな生活が出来るボーダーラインは物質的豊かさと精神的豊かさが目安

これも人生の値段 ~ゼロからはじめて必要なお金をつくる本~で書かれていた内容ですが、日本のような先進国ではある程度のレベルまでは「物質的豊かさ」を追い求め、ある所から徐々に「精神的豊かさ」を求めるようになります。

例えば、新しい冷蔵庫がほしい、ソファがほしい、新しい洋服がほしい、iPhoneがほしいなど、物を所有する喜びを求めるのが「物質的豊かさ」です。一方の精神的豊かさというのは、家族の存在や愛情とか、子供のこととか、仕事で得られる達成感とか、誰かに褒められたり認められたいとか、職場の人間関係とか、気持ちの欲求のこと。

By: ajari

今のあなたが、「結局、世の中お金が全て!」と考えているのなら、物質的豊かさがまだ満たされていない状態なのかも。だからまだボーダーラインを超えていない。

逆に、欲しいものは確かにある。でもそれより彼氏がほしい、彼女がほしい、結婚したい、子供を持ちたい、職場の険悪な人間関係がうんざりしている、友達がほしいなどの気持ちの欲求の方が物欲より高いのであれば、既に(自分にとっての)最低限のボーダーラインは超えていると言えそうです。

ちなみに私は、最低限のボーダーラインは超えられたけど、この先の事を考えるとまだまだお金の心配が抜け切れていない状態かなぁ…。お金が全ての意見と全てじゃないの意見の、どっちつかずのちょうど中間にいるイメージです。

でも、本音ではやっぱりお金は欲しいですよね。それにこの先急な出費が増えて一気にお金が無くなったら、やっぱり「お金が全てだ!!」と言っていると思いますw

若者がモノを欲しがらなくなったのは、ある意味正しいのかも

今の若者は草食化しているとか、悟り世代だとか、物を欲しがらず、若者の〇〇離れなどよく言われるようになりました。でもそれはある意味、彼らの世代が物質的豊かさを求めるボーダーラインを超えて、精神的豊かさを求めるようになったからなのかもしれないね。さっきの考え方で行くと。

中高生ぐらいであれば、まだ物欲も大きいし、お金に対する欲求も大きいでしょう。でも大学生以降になると世の中のことが多少見えるようになって、友達関係とか、恋愛とか、将来のこととか、精神的豊かさを重視するようになるのかも。

そう考えると、若者が精神的豊かさを求めるようになったのはある意味健全とも言える。それだけ日本社会が成熟してきた証拠というか。まぁ、それが正しいのかどうかは、人それぞれが決めることですけれども。


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