鴨居商店の鴨居欣次郎役のモデルは寿屋の鳥井信治郎氏

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ワイン事業で大成功を収め、朝ドラのマッサンこと亀山政春とウィスキー製造の一躍を担う鴨居欣次郎。堤真一演じる彼の人柄は「やってみなはれ」が口癖の実業家。そんな活かした、カッコイイ彼にも、実はモデルに成った実在の人物がいます。

それは現在の日本を代表する飲料メーカーであるサントリーの創始者、鳥井信治郎氏。サントリー社員の方々の間では語り継がれるような伝説的人物なのでしょうが、私のような一般庶民は今回のドラマをきっかけに初めて知りました。実在した人物がモデルということで、堤真一さん演じる鴨居欣次郎の未来と人柄を史実をもとに紐解いてみましょう。

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竹鶴政孝(亀山政春)と鳥井信治郎(鴨居欣次郎)の間柄

鳥井信治郎氏photo by http://allabout.co.jp/gm/gc/220393/

スコットランド留学から帰国した竹鶴政孝は当時勤めていた摂津酒造(ドラマ内設定は住吉酒造)を退社した後、大阪で化学教師としてウィスキー開発から離れた生活を送っていました。ウィスキー製造への野望を持ち続けていた時に手を指しので、理解者となったのが鳥井信治郎氏です。

鳥井信治郎が経営する寿屋は当時ワイン事業で大成功を収め、洋酒の販売事業を拡大するためにウィスキー製造と蒸留所の建設を目論んでいました。その時にスコットランドという本場でウィスキー製造の技術を習得してきた、当時日本で唯一だった竹鶴政孝と手を組み、ウィスキー事業の開発を進めることになりました。蒸留所は紆余曲折の後に大阪の山崎に建設が決まり、竹鶴政孝はスコットランドで習得した知識を存分に発揮します。

 

1928年白札ウィスキーを発売

 

1928年、日本で始めての本格的ウィスキー、白札ウィスキーを発表。これについて竹鶴政孝本人は「理想的とまではいかなかったが」とも述べている。売れ行きや評判は著しくなく、時代背景や需要の観点から時期尚早だったとの見方がある。

当時は宴会などの酒を似向き会というともっぱら日本酒であり、当時日本でも、また寿屋でもリカラを注いでいたビールもまだまだ出始めの頃でした。ウィスキーの売れ行きはよくなかったものの、ウィスキーのブレンドに重要で、製造に数年単位の時間のかかる原酒が残ったのは不幸中の幸いだったのか…?

 

大きな契機となった横浜ビール工場長の就任

寿屋ではビール事業にも力を注ぎ、竹鶴政孝は横浜のビール工場と山崎の蒸留所の所長を兼任することになりました。数百キロも離れた場所を兼任するのは現実的ではなく、居住地を鎌倉に移し、実質は横浜のビール工場長としての任務が主になっていきます。この後、紆余曲折を経て竹鶴政孝は辞意を表明。

この点に関しては「寿屋の経営が順調だった鳥井信治郎は職人気質で仕事に取り組む竹鶴政孝が徐々に疎ましい存在になった説」、「後に独立を果たすであろう竹鶴政孝がいなくても山崎は問題ないと見た説」などいろんな見方がありますが、いずれにしても2人の関係に徐々に味噌が広がっていったのは事実のようです。

鳥井信治郎と袂を分かつ

「喧嘩別れではなく円満に退社した」というのは竹鶴政孝の言葉で、自伝には鳥井信治郎への感謝の言葉が綴られている。要約すると、彼無しには今の自分もなければ、自分のウィスキー人生も考えられなかったと。

独立後はすぐに売れるリンゴジュースを北海道で製造することになりますが、研究者の資料では「ウィスキー事業を始めるのは鳥井信治郎の商売敵になることを考慮し、また数年単位かかるウィスキー製造の事情もあった」とされています。うん、当時の日本人も情を大切にしていたのですね。

>>マッサンの舞台となるサントリー山崎蒸留所

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